松竹
配給:松竹
製作年:1986年
公開日:1986年8月2日
監督:山田洋次
製作総指揮:奥山融
プロデューサー:杉崎重美 升本喜年 島津清
プロダクションコーディネーター:内藤誠 田中康義
脚本:井上ひさし 山田太一 朝間義隆
撮影:高羽哲夫
美術:出川三男
音楽:山本直純
録音:鈴木功
調音:松本隆司
照明:青木好文
編集:石井巌
スチール:赤井溥旦 金田正
助監督:五十嵐敬司
装置:小島勝男
装飾:町田武
美粧:宮沢兼子 吉野桂子
床山:八木かつら
衣裳:松竹衣裳
現像:イマジカ
進行:副田稔 玉生久宗
製作担当:峰順一
振付:新井重美
風俗考証:林美一 結城一朗
資料協力:佐々木秀孝
制作:松竹映像
出演:渥美清 中井貴一 有森也実 すまけい 田中健
アメリカンビスタ カラー 135分
昭和8年の浅草映画街でのこと。帝国館で売り子をしている田中小春はある日支配人に呼ばれた。何事かと思い支配人室を訪ねると、待っていたのは今上映中の「十九の春」を監督した小倉金之助だった。小倉は彼女を見るなり蒲田の女優になる気はないかと言った。突然の出来事のため小春が何と答えていいか戸惑っていると、小倉は撮影所の連中が帝国館にいい娘がいると噂していたので会いに来たと説明した。これからはトーキーの時代だから俳優の声が良くなければならない。そこで芯が強そうで声がいい小春なら女優に向いていると考えたのだ。その様子を隣で見ていた支配人がこの娘はスターになりますかと尋ねると、小倉は今すぐは無理だが大部屋を経験して勉強を重ねればそうなることは可能だと言った。小春は上の空のような表情をしており小倉は心配して活動の女優になるのは嫌かと尋ねた。すると小春はあまりにも突然なので驚いてしまいましたと本音をこぼした。
松竹キネマ蒲田撮影所では「父何處」の撮影が行われていた。病室で危篤状態の父親を娘が看取り医師が死亡宣言するというシーンだったが、小倉は画面に物足りなさを感じ撮影を中断した。そう、肝心な看護婦がいないのだ。予定していた女優が腹が痛いと言って出られなくなったのだ。急遽代役を探すことになったが、小倉の目に留まったのは守衛に案内されて撮影見学に来ていた小春だった。彼は渡りに船とばかりに看護婦になってくれと頼んだ。だが芝居をしたことがないずぶの素人の彼女には荷が重く、小倉や俳優たちから怒鳴られっぱなしだった。
長屋住まいの小春は父親の喜八との二人暮らしだった。小春から撮影所での話を聞いた喜八はお冠で、役者になるのを断ったことを知るとよくやったと褒めた。翌日、小春がいつものようにたらいで洗い物をしていると助監督の島田健二郎が訪ねてきた。彼は撮影が終わった後に小倉から散々叱られたことを話した。あなたを帰らせてしまったのはお前の責任だからすぐに行って両手をついてでももう一度蒲田に来るように頼んで来い、と。小春は聞こえないふりをしていたが、女優になりたい娘はいくらでもいるが無理矢理にでも女優にしたい娘はそういるもんじゃないと小倉が言ったことを知り心が動いた。
屋台的映画館
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