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危いことなら銭になる

  • posted at:2017-06-25
  • written by:砂月(すなつき)
やばいことならぜにになる
日活
配給:日活
製作年:1962年
公開日:1962年12月1日 併映「機動捜査班 群狼の街」「37年大相撲九州場所 新鋭・柏鵬の堅塁に迫る」
監督:中平康
企画:久保圭之介
原作:都築道夫
脚本:池田一朗 山崎忠昭
撮影:姫田真佐久
音楽:佐藤勝
照明:岩木保夫
録音:福島信雅
美術:大鶴泰弘
編集:丹治睦夫
助監督:曽我仁彦
色彩計測:安藤庄平
特殊技術:金田啓治
製作主任:園山蕃里
音楽:伊部晴美
主題歌:「危いことなら銭になる」三宅光子
振付:漆沢政子
技斗:渡井嘉久雄
出演:宍戸錠 長門裕之 浅丘ルリ子 藤村有弘 郷鍈治
シネマスコープ カラー 82分

早朝、大蔵省印刷局小田原工場から滝野川工場へ輸送中の千円札印刷用透かし入りミツマタ和紙10億8千万円相当を乗せた車が何者かに襲撃を受けた。そしてこの車に乗っていた二人のうち運転手の木島は日活多摩川撮影所付近の林の中で他殺死体として発見された。そのニュース速報を週刊犯罪の事務所で知った計算尺こと編集長の沖田哲三はロッカーを開けてバックナンバーを調べ始めた。計算尺ではじき出した数字しか信用しない彼にとってこの話がまたとないチャンスだと確信すると、贋金づくり日本一の特集に登場した坂本雅章に接触することにしたのだ。明後日、飛行機で香港から帰ることがわかるとその日は朝から空港に入り浸ったが、彼と同じ考えを持っていたのはガラスのジョーこと近藤錠次だった。透かし入りの紙を盗んだ連中に本物そっくりの原版を彫ることが出来る贋幣の名人を高く売り込めば大金が手に入るという算段だが、手を組もうと持ち掛けた哲三の提案を錠次は拒否したのだった。堅い事言わずにと哲三が説得しているところに割り込んできたのは、二人の古い知り合いのダンプの健こと芹沢健だった。三人では割に合わないことがわかると錠次はオサラバしようとしたが、彼の弱みを握っている哲三はショーケースのガラスをコインで引っ掻いた。するとその音がこの世で一番大嫌いな錠次はもがき苦しみ始めたのだ。あだ名のガラスはここからきていたのだった。

哲三と健が雑談をしていると錠次は抜け目なく雅章の妻に孫だと言って近づいた。すると周りにいた和紙泥棒たちが怪しんで近づいてきたため、健もひ孫だと名乗った。その頃、哲三は税関職員の制服に身を包んで到着したばかりの雅章に寄り添うと、最近物騒なことが多いのでもう一度荷物を調べ直すと言って職員通用口に連れて行ったのだった。そうとは知らない錠次たちは雅章がくるのを今か今かとロビーで待ち構えていたが、職員専用の出入り口あることを職員から聞き哲三に先を越されたことがわかると健とともに駆け出した。すると裏通りに停めた車の前で何やら揉めている二人を見つけたため、錠次は雅章を言葉巧みに連れて行こうとした。ところがもたもたしているうちに今度は和紙泥棒たちが現れ、拳銃を突きつけて雅章を誘拐したのだった。

組織のボス・土方の屋敷に連れてこられた雅章の前には一級品の贋幣用の道具がずらりと並べられていたが、彼は自分の道具と気に入った場所でなければやる気にならないと言った。そして危ない橋を渡っても儲けはたかが知れている贋幣は金儲けのためにやる仕事ではないと言うと、土方は立派に儲けてみせると宣言した。香港の金融業者にまとめて買ってもらう話が既に出来ているのだ。落ち着いて仕事が出来る場所は何処がいいかと土方が尋ねると、雅章はゴミゴミしてうるさくて色っぽいところがいいと言った。

屋台的映画館
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八つ墓村(1977年)

  • posted at:2016-09-17
  • written by:砂月(すなつき)
やつはかむら
松竹
配給:松竹=富士映画
製作年:1977年
公開日:1977年10月29日
監督:野村芳太郎
制作:野村芳太郎 杉崎重美 織田明
原作:横溝正史
脚本:橋本忍
撮影:川又昻
美術:森田郷平
音楽:芥川也寸志
録音:山本忠彦
調音:吉田庄太郎
照明:小林松太郎
編集:太田和夫
スチール:小尾健彦
効果:東洋音響
監督助手:大嶺俊順
制作主任:吉岡博史
装置:川添善治
美粧:三岡洋一 小林成吉
装飾:磯崎昇
進行:福山正幸
イマジニスト:山口はるみ
特殊メーク:マキシーン・坂田
殺陣:菊地剣友会
スタントマン:JAC
方言指導:日笠潤三
神楽曲:小泉文夫
振付:花柳滝蔵
時代考証:柳生悦子
備中神楽:成羽社中
動画:東京アニメーションフイルム
かつら:八木かづら店
現像:東洋現像所
衣裳:松竹衣裳
監督助手:伊藤聚 鈴木敏夫 松原信吾
撮影助手:坂巻佐平 木村隆治 今村正雄 松田光弘
録音助手:鈴木正男 田中進
照明助手:若林広三 山下孝充 田代保 藤田繁夫 高橋義男 市橋重保
編集助手:中西正義 渡辺松男
美術助手:浦山芳郎
装置助手:山田与四郎 石川鎮男
装飾助手:鈴木章司
衣裳:鈴木康之 原島正男
制作進行助手:鞠子政已
制作助手:斉藤守恒
協力:日本航空 AGS空港グランドサービス
サントラ盤:ビクターレコード
衣裳協力:ぎんざ新松 
撮影協力:岡山県・満奇洞 山口県・秋芳洞 景清洞 大正洞 岩手県・滝観洞 高知県・龍河洞 沖永良部島・水連洞 昇竜洞
出演:萩原健一 小川真由美 山崎努 山本陽子 市原悦子
アメリカンビスタ カラー 151分

羽田空港で航空機誘導員として働く寺田辰弥は、上司から新聞に尋ね人として載っていることを聞き、連絡先となっている大阪市東区の諏訪法律事務所を訪ねることにした。事務所では奥のソファーで老人が見守る中、諏訪弁護士が辰弥に対し生い立ちなどの質問を矢継ぎ早に行い、最後に裸になるように言った。背中に大きな火傷の痕があったことで本人と断定すると、諏訪は辰弥に老人を紹介した。彼は辰弥の母方の祖父・井川丑松で、生まれ故郷である岡山県の村に戻ってもらうために迎えに来たというのだ。諏訪が気を利かせて席を外すと、丑松はあまりのうれしさに嗚咽した。辰弥は落ち着かせようと老人をソファーに座らせたが、突然苦しみ始め血を吐いて死んだ。辰弥の身元引受人となったのは父方の親戚筋の未亡人・森美也子で、容疑が晴れた彼を北浜警察署で引き取ると丑松の家族に合わせることにした。これも何かの縁だと考えていた辰弥もそのつもりで、会社に一週間程の休暇を願い出ていた。

丑松は資産家である多治見家の使いで、美也子がその代役となったのは商用で神戸に来ていたことが理由だった。伯備線の備中神代駅で迎えの車に乗り換えると美也子は高台で停めさせ、辰弥に村の説明をした。彼らが向かう先は鳥取県との県境にある阿哲郡三田村で、一部を除くその一帯が多治見家の所有する山だった。そして2,3年前の町村合併で名前が変わる前までその地域は「八つ墓村」と呼ばれていた。車中で村には昔からのしきたりや習慣が残り、古い多治見家には腹違いのきょうだいがいることを美也子から聞くと、辰弥は子供の頃から一人で暮らしていたので今更義理のきょうだいと会ってもうまくやれる自信がないと言った。そもそもこの土地に住みつく気など最初からなく、葬式が終わったら東京に帰るつもりでいたからだ。辰弥は母・鶴子の連れ子で、彼が3、4歳の頃に再婚した。小学校三年生のときに鶴子が亡くなったことと、新しい母親に弟や妹が生まれたことで気まずさを感じるようになり、高校を卒業と同時に家を出たのだった。

多治見家に着いた辰弥を出迎えたのは長女の春代だった。彼女は二人を小竹と小梅の老姉妹に合わせると食事会を開いた。小竹は多治見家の当主で辰弥の兄に当たる久弥の具合が良くないことを伝え、小梅は春代が子宮筋腫で子供を産めなくなったために戻されたことを話した。頼りになるのはお前しかいないと言われたが、辰弥は返事を濁した。離れに通された彼は壁に掛けてあった龍の掛け軸を見てあることを思い出した。「龍のアギト」について美也子と春代に尋ねてみたが、鍾乳洞の名前かもしれないということしかわからなかった。そこは辰弥が産まれた場所だと鶴子に教えられていた。

屋台的映画館

山田村ワルツ

  • posted at:2015-05-23
  • written by:砂月(すなつき)
やまだむらわるつ
テンポラリーセンター
配給:松竹
製作年:1988年
公開日:1988年2月11日 併映「恋はいつもアマンドピンク」
監督:金子修介
製作総指揮:南部靖之
企画:本間文子 鈴木ワタル
プロデューサー:末吉博彦 進藤淳一 天野真弓
脚本:一色伸幸
音楽:大谷幸
主題歌:「嫁津波」山田実とトップゴージャス
挿入歌:「卒業」小沢なつき
撮影:高間賢治
照明:高屋斉
録音:井家真紀夫
美術:山口修
編集:飯塚勝
製作担当:貝原正行
企画制作:エムツーアールエフ
出演:天宮良 米山善吉 我王銀次 上杉祥三 西川弘志
アメリカンビスタ カラー 94分

山田郡山田岳山田村大字山田字山田は東北の山間にある小さな集落。特産品のヤマダボチャはかつて全国的に知られていたが、においが特異で慣れるのに時間がかかることから、今では畑のくさやと嫌われ知る人も数少なくなっていた。そのため山田村にも過疎化の波が押し寄せ、中でも若い娘が故郷を捨てて出ていくことで嫁不足は深刻な問題となっていた。そんな折、青年団の団長で農協に勤める庵光一の妹・有希子が上京して行ったが、それを知って落胆したのは、花火師の神田貴太郎、僧侶の近藤ヤスオ、そして東京から無医村の山田村にやってきた佐々木護だった。青年たちを不憫に思った役場は4人のために集団見合いを行うことにした。

見合い当日の朝、ヤマダボチャの花が咲いていた。村には60年に一度しか咲かないその花が咲いた年にはとんでもないことが起きるという言い伝えがあった。会場で緊張して待つ光一たちに貫太郎の父で村長の亘がバスが来たことを教えると、4人の緊張はピークに達した。亘がエスコートの仕方とその相手の女性が攻撃目標だと告げると、残り物には福があると護は一番後ろに並んだ。ところが東京から来たのはラン・スー・ミキのみ。一人は風邪で欠席してしまったため、護はあぶれてしまった。傷心した彼が医院にこもっていると、腰を痛めたヤマダボチャ農家の老婆・堤ハナがやってきた。護は怒りに任せて彼女をマッサージしたところ、小走りで帰宅できるまでに回復した。その道すがら、ハナは畑のヤマダボチャから花を抜き取る見慣れない女性に会った。彼女は宇宙やSF小説を得意にしている天才少女作家の綾小路麗花。初めて大自然青春ドラマに取り組もうとしたのだが、田舎のイメージが湧かずスランプに陥っていた。そこにたまたま山田村の様子がテレビに映っていたことから、直接田舎の空気に触れることにしたのだ。そんな彼女をハナは自宅に招き入れ、お茶をごちそうすることにした。

集団見合いは成功したかに思えたが、光一がスーに電話をかけるとリカちゃん電話に繋がった。他の二人も同じだった。騙されたことに憤慨した光一たちは、憂さ晴らしをすると言って東京に出かけた。このままでは三人が村を捨てて出て行くに違いないと考えた亘は、醍醐天皇の昔より伝わったが100年前に途絶えたという「おたふく祭」を翌月の10日に復活する提案を議会で行った。それをテレビ番組でPRし、青年団との集団見合いを行うのだ。そこで彼の戦友であるホジテレビの桃桜剛プロデューサーに村の福祉予算全額を裏金として渡し、放映にこぎつけたのだった。嫁不足の解消を最優先に考えた亘は美人の概念を根本的に覆して募集した。反響は予想以上に大きく、雑誌にも取り上げられた。村としては祭当日まで一致団結して青年団を騙し通さなければならない。そこでテレビ放送がある場合は村を停電にし、雑誌は役場が買い占めることにした。そして当日は見合い希望者におかめの面をかぶせることにした。

屋台的映画館

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