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ダイナマイトどんどん

  • posted at:2018-11-20
  • written by:砂月(すなつき)
だいなまいとどんどん
大映映画
配給:東映
製作年:1978年
公開日:1978年10月7日 併映「ギャンブル一家 チト度が過ぎる」
監督:岡本喜八
総指揮:徳間康快
制作:俊藤浩滋 武田敦
企画:佐藤正大
原案:火野葦平
脚本:井手雅人 古田求
撮影:村井博
録音:田中信行
照明:今泉千仭
美術:竹中和雄
音楽:佐藤勝
編集:阿良木佳弘
助監督:白山一城
記録:梶山弘子
効果:岩藤龍三
製作担当:水野洋介
現像:東映化学
協力:第一港運株式会社
出演:菅原文太 北大路欣也 宮下順子 田中邦衛 小島秀哉
アメリカンビスタ カラー 142分

昭和25年、盛夏。北九州小倉では新興ヤクザの橋伝組がMPとの間で闇物資の取引を行っていた。その情報を掴んだ地元ヤクザの岡源組は取引現場に踏み込み一杯食わせたのだった。北九州一円ではヤクザの抗争が事あるごとにエスカレートしており、事態を重く見た小倉警察署署長・岩崎は岡源組組長・岡谷源蔵、橋伝組組長・橋本伝次郎の双方を呼び出した。そして北九州方面米軍司令官が見守る中、民主的な方法で行う解決策を提案した。

抗争が度重なることでいくら命と金があっても割りに合わないと北九州の親分衆は考えていた。そして警察と世間の風当たりも強いことから、まず社会や市民に良い印象を与えなければならないとも考えていた。そこで親分衆は親睦団体・筑豊侠友会を結成し、民主的な解決方法として野球大会を行うことに決めたのだ。通達は岡源組でも行われたが、野球が出来るのは30人ほどいる組員の半分にも満たなかった。試合は参加12チームによるトーナメント方式で、豊楽園球場で8月15日から毎週土、日曜日に行われる。岡源組にとって橋伝組に負けることほどの屈辱はないため、優勝旗を必ず取って来いと源蔵は組員に檄を飛ばした。岡源組の野球は仁義に則る任侠野球なのだ。だが遠賀川の加助は棒振り競技などに付き合う気など毛頭なかった。その頃、羽振りのいい橋伝組は幹部の花巻修が各地を飛び回って有力な選手を次々とスカウトし、最強の橋伝カンニバルスを結成した。

助っ人を呼べない岡源ダイナマイツは組員から選手をチョイスしたが、野球経験者は一番下っ端の一六だけで、あとはど素人ばかりだった。練習場所の確保で先に使っていた娼婦のチームに出て行けと言ったが、逆に12チームいち弱いとバカにされる始末。頭にきた幹部の留吉は力ずくで追い出そうとしたが、一六はそのチームの監督が東急セネターズでかつて黄金の右腕と呼ばれた五味徳右衛門であることに気づいたのだった。早速コーチをお願いしてノックを受けたが、誰もボールを捕ることが出来なかった。すると五味は、球を捕るのではなく体のどの部分に当ててでも止めることがヤクザの野球だと言った。組員の吹原たちが次々と倒れて行く中、五味が次に指名したのは偶然広場の近くを通り掛かり様子を窺っていた加助だった。三下呼ばわりされた加助はそんなものに命を掛けられるかと五味に殴り掛かろうとしたが、冷やかしにきたのなら帰れと留吉に言われたため腹を立てて去った。だが特飲街に行っても野球をしないヤクザは男として認めてもらえず、彼が惚れる割烹川太郎の女将・お仙からも酒を飲ませてもらうことが出来なかった。

屋台的映画館
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大殺陣

  • posted at:2018-09-01
  • written by:砂月(すなつき)
だいさつじん
東映(京都撮影所)
配給:東映
製作年:1964年
公開日:1964年6月3日 併映「続図々しい奴 」
監督:工藤栄一
企画:松平乗道
脚本:池上金男
撮影:古谷伸
照明:安田興一
録音:小金丸輝貴
美術:富田治郎
音楽:鈴木静一
編集:堀池幸三
助監督:本田達男
記録:塚越恵江
装置:近藤幸一
装飾:川本宗春
美粧:林政信
結髪:妹尾茂子
衣裳:豊中健
擬斗:谷俊夫
進行主任:藤井又衛
語り手:芥川隆行
出演:里見浩太朗 河原崎長一郎 平幹二朗 宗方奈美 大木実
シネマスコープ モノクロ 119分

四代将軍徳川家綱公の治世。検地帳によって年貢の取り立てが厳しくなる中、農民たちは飢饉や天災を訴えて各地で騒動を起こし、千三百余の者たちが仕置きされた。その延宝六年四月六日、若年寄堀田備中守正俊はある疑いにより江戸城和田倉門外辰ノ口評定所に喚問された。その疑いとは四月八日に行われる灌仏会の行事を利用して江戸城内外に事を起こし、大老酒井雅楽頭忠清を押し込めて政道の変革を図ろうとしたというものだった。大目付北条安房守氏長はこの件に拘る徒党を容赦なく召し捕り、抵抗すれば斬り捨てても差し支えないと配下の者に命じた。

書院番神保平四郎の邸に怯えた様子の友人中島外記が匿って欲しいと突然訪ねてきた。理由を知らずに従ったことで同類と見做された平四郎は徒党の一人として捕縛された。だが忠清に反感を持つ者たちによって助け出され雨でずぶ濡れになっているところを旗本浅利又之進に拾われた。命が惜しかったら泊まって行けと又之進が言うと平四郎は素直に従った。そしてこれまでに起きたことを話そうとすると、又之進は次が聞きたくなるからと口止めし先に布団に入った。そして何事かを仕出かすのも結構だが考えてするべきだと釘を刺した。その頃、江戸城では氏長が手腕を振るい敵対する一党を一ヶ所に集めて粛正、五十人組頭の小出治兵衛に尋問を行っていた。

四月七日、江戸城大手御門外にある忠清の上屋敷に岩井という政務の者が訪ねてきて報告を行った。ひっ捕らえた七十二名を吟味中で、残りの十名前後も程なく捕らえられるという。だが忠清が気になっていたのはそれよりも正俊のことだった。正俊は口を閉ざして語らず、また一味との繋がりも確認することが出来なかった。若年寄は老中に次ぐ重職で大老職の手足となる者に疑いがあって評定所に喚問されたとなれば世評に響く。そこで忠清は十一日までに決着をつけるよう命じた。

平四郎が物陰から追手の様子を探っていたところ一人の女が声を掛けてきた。それは外記の味方であり軍学者山鹿素行の姪のみやだった。だが外記のために命を狙われ、連行される際に斬られた容態のわからぬ妻加代のことが心配だった彼はもうこれ以上拘りたくなかった。ところが加代の屍が野晒しにされていることを知ると頭に血が上り今すぐにでも復讐しようと立ち上がるが、みやはその命を大きなことに活かすべきだと思い止まらせた。冷静を取り戻した平四郎をみやはある長屋に連れて行った。そこの主は星野友之丞という貧乏御家人で岡部源十郎を頭とする一党の一員だった。何故一党に加わったのかと平四郎が尋ねると、友之丞は食うにも食えぬやりきれない世の中を変えるために役に立ちたいと思っただけだと言った。

屋台的映画館

大怪獣バラン

  • posted at:2017-03-29
  • written by:砂月(すなつき)
だいかいじゅうばらん
東宝
配給:東宝
製作年:1958年
公開日:1958年10月14日 併映「フランキーの僕は三人前」
監督:本多猪四郎
制作:田中友幸
原作:黒沼健
脚本:関沢新一
撮影:小泉一
美術:清水喜代志
録音:小沼健 宮崎正信
照明:金子光男
音楽:伊福部昭
監督助手:梶田興治
音響効果:三縄一郎
編集:平一二
制作担当者:川上勝太郎
特殊技術・撮影:荒木秀三郎 有川貞昌
特殊撮影・美術:渡辺明
特殊撮影・照明:岸田九一郎
特殊撮影・合成:向山宏
特技監督:円谷英二
出演:野村浩三 園田あゆみ 千田是也 平田昭彦 村上冬樹
シネマスコープ モノクロ 87分

シベリアのみに生息しているアカボシウスバシロチョウの標本が中学生の夏休みの宿題の中にあることを知った杉本生物研究所は、それが採集されたという東北地方の北上川上流直径40キロの地点に所員の新庄一郎と河田豊を派遣し実態調査を命じた。その地域は日本のチベットと呼ばれる秘境だった。岩谷部落に到着すると土地のことを尋ねたが、よそ者である新庄たちを住民たちは無視した。仕方なく二人は森の中へジープを進めることにした。谷からはこの地域特有のガスが噴出し、地図には載っていない湖が確認出来た。さらに奥深くへ進んで行くと突然大きな振動に見舞われた。危険を回避するために車を停めたが、それが幸いしてあの蝶を発見したのだった。生きたまま確保出来たことに喜ぶ二人を咆哮と強風が襲った。

二人の所員を失って落胆する杉本博士のもとに現れたのは、新庄の妹・由利子とカメラマンの堀口元彦だった。由利子が記者として勤める東日本新報では20世紀の謎を探るという企画を立てており、兄の死が婆羅陀魏山神による祟りではないかと噂されていたことから、真相を究明するために自ら取材を買って出たのだ。あの一帯は生物学的に見ても謎が多く、土地の人たちの信仰に根拠があると考えていた杉本はこの件に興味を持っていた。そこで助手の魚崎健二を同行させて調査を継続することにした。岩谷部落への道中で少年・源に会い婆羅陀魏山神が存在する可能性があることを知った健二たちは神主に話を聞くことにしたが、彼は奥地へ行くことを断固反対した。そして怒りに触れぬうちに帰りなさいと促したが、源が飼い犬・チビを追いかけて柵を越えたため、健二たちは救出を前提に調査を行うことにしたのだった。

奥へ進むに連れて霧は濃くなり、健二と元彦は由利子とはぐれてしまった。そこで一度戻り捜索の参加者を募ったが、村人たちはみな祟りを恐れ協力を拒んだ。そこで健二が今こそ迷信を打ち破るときだと熱く語ると、源の母は参加すると言い他の村人たちもそれに倣った。するとチビが駆け寄り健二は首輪に手紙が結びつけてあることに気付いた。そこには由利子が源とともに霧が晴れるまで湖のほとりで待っていることが書かれており、少年の無事が確認されたことから健二は村人を引き連れて再び森に飛び込んだチビを追いかけた。霧が晴れ、源は母親と無事再会を果たした。だが突然湖が波立ち、巨大な生物が水面から顔を出したのだった。

屋台的映画館

大冒険

  • posted at:2017-01-04
  • written by:砂月(すなつき)
だいぼうけん
東宝=渡辺プロ
配給:東宝
製作年:1965年
公開日:1965年10月31日 併映「喜劇 駅前大学」
監督:古澤憲吾
制作:藤本真澄 渡辺晋
脚本:笠原良三 田波靖男
撮影:飯村正 小泉福造
美術:村木忍
録音:増尾鼎
照明:隠田紀一
整音:下永尚
音楽:広瀬健次郎 萩原哲晶
主題歌:「大冒険マーチ」ハナ肇とクレージーキャッツ
・・・:「遺憾に存じます」ハナ肇とクレージーキャッツ
監督助手:長野卓
編集:黒岩義民
現像:東京現像所
制作担当者:古賀祥一
特殊技術・撮影:有川貞昌 富岡素敬
特殊撮影・美術:渡辺明
特殊撮影・照明:岸田九一郎
特殊撮影・合成:向山宏
特殊撮影・監督助手:中野昭慶
特殊撮影・制作担当者:小池忠司
特技監督:円谷英二
出演:ハナ肇 植木等 谷啓 犬塚弘 石橋エータロー
シネマスコープ カラー 103分

フランスで大量の偽造紙幣が発見され、アメリカやソ連、イギリスなどでも同様の事件が発生したことから、日本銀行でも確認を行ったところ偽の一万円札が見つかった。銀行の窓口で見つかった紙幣と銀行が保有していた同じ番号の紙幣を照合したものの、専門家にも見分けがつかなかった。何故なら紙の質から印刷技術など何から何までそっくりだったからだ。造幣局では同じ番号の札を印刷しないことから、どちらかが本物でどちらかが偽物、あるいは両方が偽物という可能性があった。国際的な陰謀団の存在が考えられることから、内閣総理大臣は関係者を集めて会議を開き各国の警察と協力して捜査を行うよう命じた。これを受けた警視総監は、これが国民に知れ渡れば経済に影響を及ぼすことから、秘密の保持を重視し関係各方面と綿密な連絡を取って科学的捜査方式の成果を十分に発揮せよと特捜本部に通達した。そしてマスコミ関係へ意図が漏れないように注意せよと喚起した。乾刑事と市橋刑事が殺しや強盗事件専門の我々がパッとしない偽札事件に回されたと嘆いていると、花井部長刑事は科学捜査と言っても最後は経験と長年の勘が物を言うのだから足と粘りで行こうと活を入れた。

元体操選手で雑誌「週刊トップ」の記者の植松唯人が起床して身支度を整えていると、突然隣の部屋が爆発した。壁に空いた大きな穴から顔を出したのはビール会社の技術者で発明家の谷井啓介で、唯人が提案した「高温高圧による瞬間飯炊き釜」を実験しようとスイッチを入れた途端に吹き飛んだのだ。啓介の部屋には妹の悦子が同居していることから唯人は心配になって覗いたが、無傷だったものの家具はめちゃめちゃ。おまけに発明で特許を取って金儲けしようと焚きつけるからだと嫌味を言われてしまった。それでもへこたれない唯人は、天才的な技術者の啓介が発明品で特許を取って世界的に売り出せば、君は会社の社長夫人に収まれるんだと言った。その日本一の電機会社の社長が唯人だとわかると悦子は鼻で笑った。

産業会館で受付嬢をしている悦子に会いに行った唯人は、そこで森垣金融の社長・森垣久美子と出会った。彼女は悦子が夢中になっている大企業の御曹司・石崎を紹介されたことでここに来たのだが、唯人が週刊誌の記者だとわかると逃げるように部屋へ入った。久美子は石崎に10億円の融資を行い、午後9時にクラブ・サハラで会うことを約束すると足早にビルから出て行ったが、それを目ざとく聞きつけた唯人は悦子のことが気になり潜入することにした。一方、勘を頼る花井もデカい札がスイスイ動く薄暗い場所としてサハラに目をつけていた。

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脱皮ワイフ

  • posted at:2016-08-05
  • written by:砂月(すなつき)
だっぴわいふ
フルモーション
配給:バイオタイド
製作年:2004年
公開日:2005年2月28日
監督:本田隆一
製作:永森裕二
プロデューサー:黒須功
原案:永森裕二
脚本:永森裕二
助監督:広田幹夫
撮影:下元哲
照明:高田宝重
録音:塩原政勝
音楽:松石ゲル(ザ・シロップ)
美術:田中耕作
ヘアメイク:堀川なつみ
スチール:奥川彰
撮影助手:中村拓 玄聖愛
車輌:山下こて
・・・:「君がかんでたチューインガム」溝呂木はじめ
・・・:「雨が降ってます」溝呂木はじめ
・・・:「二つで三百円」溝呂木はじめ
・・・:「とっておきの朝」溝呂木はじめ
製作協力:黒須映像工業
出演:小沢和義 miko 益子智行 時任歩 白石あや
アメリカンビスタ カラー 79分

茨城県出身で独自の世界観を持つミュージシャンの溝呂木はじめ。イカ天ブームのときに脚光を浴びた彼だったが、それ以降は長い長い不遇の時代を過ごしてきた。20世紀末となった今でも再ブームが来ることを信じてやまないはじめは、マネージャーで弟のテツを引き連れ若い頃に過ごしたひたちなかの商店街でギターを爪弾くのだった。いい物はいつの時代も受けるという信念のもとに活動を続けるはじめとは逆に、一度確変が掛かったパチンコ台で一日中粘ってもオケラになるだけだとテツは考えていた。そんな中、インディーズレーベルで茨城限定発売した「君がかんでたチューインガム」がオリコンチャート30位に食い込み、地元のラジオ番組に出演することになったのだが、気が大きくなったはじめは女性DJ・エミの「野育ち」という発言が気に入らないと難癖をつけ、それを口実にしてホテルに連れ込んだのだった。

5年間のストリートミュージシャン活動が実って久々のヒットを飛ばしたはじめは、1年足らず経ったある日、テツとともにレコード会社から呼び出された。担当の尾藤がはじめのベスト盤を出すというのだ。海外でのPV撮影や録音、大々的なプロモーション活動などを行い5枚のシングルをリリースしたにも関わらず世間の注目を浴びることはなかった。さらに親会社の役員の娘で宣伝部の女子社員と寝たことが発覚したため、告発しない代わりに首を切りベスト盤を出して少しでも宣伝費を回収せよというのが上層部からの命令だった。静かに話を聞いていたはじめが尾藤を殴ったことで、テツは次のレコード会社を探すとともに新たな仕事を探す決断をした。東京のラジオ局に彼が曲の売り込みに行った際、水戸でDJをしていたエミと偶然会った。エミはラジオ番組のディレクターをしており、はじめの声に魅力を感じていたことから彼女が担当する深夜番組のパーソナリティーをやらないかと誘われたという。その話を聞いたはじめは、ミュージシャンの俺が季節の話題やランキング紹介をして他人の曲を流すことなんてプライドが許さないと言った。

思うことはあるものの「溝呂木はじめの歌うハイウェイ」のパーソナリティーとなったはじめ。2003年最後の放送を終えたはじめがブースから出てくると、茨城時代からのファンだったというファンをテツが連れて来た。はじめは美樹というその娘を食事に誘うとそのまま自宅に持ち帰った。新年早々、彼は番組の中で入籍したことを突然発表した。そのことを誰にも伝えていなかったためテツはショックを隠せなかったがエミは平静を装った。新婚生活を始めて数日後の朝、はじめが目覚めると傍らに薄皮のような物が落ちていた。美樹に尋ねるとそれは彼女の物だという。「脱皮するの、わたし」。理解出来ずに再び尋ねると、同じ人と何度かエッチするとある日突然全身の皮がきれいに剥けるの、と言った。皮膚科や精神科に行っても解決しなかったことから美樹は一人で思い悩んでいたのだが、真面目に話を聞くはじめに心を許したのだった。その日以来、彼女に少しずつ変化が見え始めた。

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