忍者ブログ

やくざ刑罰史 私刑!

  • posted at:2023-08-05
  • written by:砂月(すなつき)
やくざけいばつしりんち
東映(京都撮影所)
配給:東映
製作年:1969年
公開日:1969年6月27日 併映「温泉ポン引女中」
監督:石井輝男
企画:岡田茂 天尾完次
脚本:石井輝男 掛札昌裕
撮影:古谷伸
録音:野津裕男
照明:和多田弘
美術:井川徳道
編集:神田忠男
音楽:鏑木創
助監督:依田智臣
記録:石田照
装置:米沢勝
装飾:柴田澄臣
美粧:鳥居清一
結髪:白鳥里子
進行主任:渡辺操
擬斗:三好郁夫
衣裳:岩逧保
協力:埜村自動車商事 京都マナベ家具
出演:吉田輝雄 菅原文太 橘ますみ 賀川雪絵 片山由美子
アメリカンビスタ カラー 96分

『江戸期』
黒磯一家の剛造は上がりがいい賭場を持つ縄張りを奪うために対立する一家と出入りを行い勝利した。気分を良くした彼は働きに相応しい祝儀を子分に渡すことにしたのだが、その判断基準は刀の刃こぼれ具合だった。まず一番の活躍をした代貸の友造に利根村の賭場を任せることを約束すると、剛造は全員の刀を見て回りその活躍ぶりに目を細めた。だがおどおどする新吉を不審に思い問い詰めると、その刀には刃こぼれ一つなかった。これで死んだ仲間に申し訳が立つかと叱責すると、般若の常が待ってくださいと割って入った。それは臆病風に吹かれた自分が博奕の形として渡した刀であり、新吉が戦った刀とは別の物だと説明した。すると剛造の怒りは常の方へ向かい、それを鎮めるために彼は指を詰めた。新吉はかつて黒磯一家の名を騙って息巻いていた時期があり、その現場を剛造に見つかって殺されそうになった。剛造は何でもするから助けて欲しいと縋りつく新吉の姉おれんを手籠めにしたが、常は傍にいながら何も出来なかったことを悔い姉弟を何としてでも守ろうと心に誓ったのだった。

『明治・大正期』
荒木田一家の尾形修二は甲田組に単身で殴り込みを掛け甲田親分の右腕を斬った。命を奪うつもりでいた尾形だったが、身を挺して親分を守ろうとする子分の雨宮の心意気に負け右腕だけ持ち帰ることにした。だがこの身勝手な行動は荒木田親分の反感を買うことになった。荒木田は縄張りの問題を話し合いで解決しようと考えていたがそれも出来なくなったため、代貸の岩切は尾形に組との縁切りと関東所払いを命じた。だがこの件には訳があった。尾形に甲田の暗殺を命じたのは岩切だったのだが、甲田組のバックに関西一の浪速一家がついていることが後にわかり頭を痛めた。このまま出入りとなれば荒木田一家が潰されることは目に見えているため、尾形に言う通りにしてくれと頭を下げた。恋人のさよに別れを告げるために梅宮大社で待っていた尾形だったが警官隊に包囲され逮捕された。それから三年後に出所したが、一家のために体を張ったにも拘らず誰も出迎えに来なかった。そんな彼を殺そうと機会を窺っていたのは雨宮だった。

『現代』
X月20日早朝、北区梅田にある橋場ビルの金庫が何者かに襲われ一億円ともいわれる金塊が盗まれた。橋場組は解散声明をした暴力団の一つであることから、当局は暴力団同士の資金源争いとみて捜査を行っていた。その頃、橋場組組長・橋場仙八の号令で大捜索が行われ、アタッシュケースを大事に抱える男をマークしていた田口は背中に拳銃を突きつけると代貸の島津が運転する車へと誘導した。その男は同じ組員の深瀬だった。車は組事務所へ向かう途中で大村組の車に尾行され突然銃撃された。何とか河川の護岸に逃げ込み身を潜めているとヘリコプターがやってきて殺し屋たちを皆殺しにした。やがてロープが垂れ下がり自分を助けに来たのだと思った深瀬は二人を振り切って掴まるが、操縦する橋場は組を裏切った見せしめとして引きずり回したのだった。金庫破りを深瀬が単独でやったとは考えていなかった橋場は関係した人物をあぶりだそうとした矢先に襲撃された。その裏で暗躍していたのは組の乗っ取りを画策する島津だった。

屋台的映画館
PR
Name
Title
Mail
URL
Comment
Pass
Pictgram
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

 

プロフィール

HN:
砂月(すなつき)
性別:
非公開
自己紹介:
ブログ主はインドア派大分トリニータサポーター

 

P R

 

フリーエリア