大映(京都撮影所)
配給:大映
製作年:1965年
公開日:1965年8月14日 併映「若親分出獄」
監督:田中徳三
企画:久保寺生郎
原作:有馬頼義
脚本:舟橋和郎
撮影:武田千吉郎
録音:奥村雅弘
照明:中岡源権
美術:内藤昭
音楽:小杉太一郎
編集:山田弘
装置:山本佐一郎
擬斗:宮内昌平
音響効果:倉島暢
助監督:太田昭和
製作主任:田辺満
出演:勝新太郎 田村高廣 水谷良重 小山明子 須賀不二男
シネマスコープ モノクロ 91分
日本の敗色が濃厚となった大東亜戦争末期、関東軍から南方への転属命令を受け、満期除隊が夢と潰えた有田上等兵と荒くれ者の大宮貴三郎一等兵は満州に向かう列車を切り離して脱走を図った。それは命を懸けたイチかバチかの大勝負だったが、見事に成功し二人を乗せた機関車は雪が舞う荒野を突っ走って行った。ところがゲリラが仕掛けた爆弾で進路を絶たれ機関車は脱線、有田たちの体は雪上に投げ出されたのだった。奉天の陸軍病院に運ばれた二人の怪我は幸い軽傷で、美しい看護婦の緒方恭子による看病と三度の飯は天国そのものだった。だがやがて恐れていたことがやってきた。憲兵伍長が取り調べにきたのだ。満州国・北孫呉駅から客車に乗ったはずだと追求されると、有田は二人が警備兵として機関車に配置されていたと嘘をついた。だが客車を切り離したのは誰だと聞かれると、前方に気を配っていて知らないと苦し紛れに答えるしかなかった。憲兵伍長は関東軍の南方移動を妨害しようとする敵工作員の仕業に違いないと考え、公に知れると防諜上よろしくないから口外するなと言った。そのおかげでこれ以上追及されることはなかったが、病棟医長から北支派遣軍第四二四二部隊への転属を命じられた。原隊復帰の後に除隊になると聞いていた有田は愕然とした。
第四二四二部隊は九龍関の西方約一キロの地点にある小さな部落に駐屯していた。威張り腐った最古参の岩波人事係曹長の他にも、この部隊には長い間軍隊で飯を食っている主のような顔をした連中がウヨウヨしていた。そんな上官から殴られても倒れない大宮の名はこの部隊でも忽ち広まった。実戦の訓練が行われ、疲れた大宮が休憩を取っていると困っている様子の一等兵が目に留まった。どうやら銃口を落としてしまったらしく、時間内に見つけられないと上官のビンタが待っていた。すると大宮は胸ポケットから自分の銃口を取り出し、お前の姉さんにすごく世話になったのだからお前が困っているのを見逃すわけには行かないんだと差し出した。彼は恭子の弟だった。大宮は何処から手に入れたのかもう一つ持っており、心配するなと笑った。
屋台的映画館
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