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五人の賞金稼ぎ

  • posted at:2018-10-27
  • written by:砂月(すなつき)
ごにんのしょうきんかせぎ
東映(京都撮影所)
配給:東映
製作年:1969年
公開日:1969年12月13日
監督:工藤栄一
企画:俊藤浩滋 松平乗道
脚本:高田宏治
撮影:鈴木重平
照明:金子凱美
録音:東城絹児郎
美術:雨森義允
音楽:津島利章
編集:神田忠男
助監督:牧口雄二
記録:石田照
装置:近藤幸一
装飾:清水悦夫
美粧:中野進明
結髪:横田三佳代
衣裳:高安彦司
擬斗:上野隆三
進行主任:渡辺操
主題歌:「賞金稼ぎの唄」若山富三郎
協力:銃砲史学会 吉岡新一
出演:若山富三郎 真山知子 土田早苗 天津敏 潮健児
アメリカンビスタ カラー 97分

蘭方医錣市兵衛のもとに一人の百姓が転がり込んできた。彼は新八という若者で市兵衛に助けを求めにきたのだ。領主大関佐渡守の悪政に耐え兼ねた黒羽領の名主榎太左衛門は各村の代表と連名の書状を作り、高田谷村の治三郎が公儀への直訴のために江戸へ向かった。一方、太左衛門は租税減免徳政令が拒否されることを見据えて砦を造りそこで吉報を待つことにした。だがそれにはひと月の間砦を守らなければならず、そのことを浪人別所四郎五郎に相談したところ市兵衛の名が挙がったのだ。太左衛門は市兵衛のもとへ三人を派遣し馬での関所破りを敢行。役人から傷を受けながらも一人たどり着いたのが新八だった。

野洲黒羽領はこの一、二年酷い不作続きだった。そんな中、領主大関佐渡守は公儀の役に就きたいばかりに黒羽五万八千石では無理な江戸城本丸の修復工事を進んで引き受けた。その呷りを受けた百姓たちは米や麦などの穀物を取り上げられたことで食べる物を失い、草や木の根で空腹を満たすしかなかった。その上にこの春からは窓や床板、夜具や鍋釜にまで租税を掛けられ、娘や女房、子供まで売らなければならなくなった。働けなくなった年寄りや病人にまで税を掛け、死ねば墓穴にひとつに米一俵という理不尽さに耐えきれず、ついに租税免除の一揆を起こしたのだった。話をし終えた新八はどうかお助けくださいと頭を下げたが、市兵衛は政治が絡むことには拘りたくないと断った。それでも引き下がろうとしない彼の熱意に負けた市兵衛は、稼いだ賞金が恵まれない人たちの治療費に当てられていることを説明した。そして新八が懐から取り出した領内でかき集めたという五十両余を受け取ると申し出を引き受けることにした。市兵衛の助手千枝が放った伝書鳩につけた書状を受け取った伊賀流忍法者陽炎、龍造寺流棒手裏剣鬼塚隼人、新当流抜刀術望月弥太郎は市兵衛と合流し野洲黒羽に向かった。

百姓たちの粘り強い抵抗に手を焼いていた佐渡守は軍勢を率いて一気に片付けてしまうことが得策だと考えていた。だがそれだと領内で一揆が起こったことが公義に知れ渡り、下手をすれば出世だけでなく取り潰しの口実を与えてしまう可能性があった。それを恐れた家老芝池主水は懸命になだめ自分に任せて欲しいと申し出た。太左衛門のもとへ向かった主水は今すぐ一揆を解散して砦を出よと命じたが、どうか私の命と引き換えに百姓衆をお助けくださいと太左衛門は頭を下げた。すると主水は自分に従うか百姓衆が皆殺しに遭うか選択せよと迫ったのだ。そこに市兵衛の一行が現れ太左衛門は命を救われたのだった。

屋台的映画館
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