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濡れ髪喧嘩旅

  • posted at:2017-11-23
  • written by:砂月(すなつき)
ぬれがみけんかたび
大映(京都撮影所)
配給:大映
製作年:1960年
公開日:1960年2月17日
監督:森一生
制作:三浦信夫
企画:八尋大和
脚本:八尋不二
撮影:本多省三
録音:林土太郎
照明:古谷賢次
美術:太田誠一
音楽:小川寛興
色彩技術:白波瀬直治
編集:谷口孝司
装置:三輪良樹
擬斗:宮内昌平
邦楽:中本敏生
助監督:井上昭
制作主任:小沢宏
現像:東洋現像所
出演:市川雷蔵 川崎敬三 浦路洋子 三田登喜子 仁木多鶴子
シネマスコープ カラー 98分

幕府の財政を預かる勘定所。その頭は勘定奉行で、寺社奉行、町奉行とともに江戸の三奉行と呼ばれている。北町奉行はかの有名な遠山金四郎だが、勘定奉行配下には遠山金八郎という似ても似つかぬ男がいた。ある日、勘定奉行から呼び出され何か良からぬことをしたのではないかとビクビクしながら顔を出すと美濃太田の査察を命じられた。太田の金山は規模こそ小さいが質の良さでは佐渡を凌ぐほどだった。ところが近来、産出量が減少しており、代官黒崎主膳に疑わしい点があることで身辺を探ることになったのだ。そんな重大な任務に何故自分が選ばれたのかが金八郎には不思議でならなかった。そこでそのことを尋ねると、切れ者ならば相手に知られているからだという。評価はお前の働き次第だと言われたが、勝ち目のない勝負の先にはクビが待っていることから彼の士気は上がらなかった。仲間たちからの気休めの励ましを受けて江戸を発った金八郎は一生の思い出に七日間の大名旅行と洒落込むことにした。ところが最初に泊まった旅篭の食事はメザシ。女中に文句を言っても定食ならこんなものなのだとか。金は出すからうまいものと酒を持ってこいと言って寝転がると窓の向こうの美女に釘付けになった。身振り手振りで了解を得てお酌してもらうことになったが、彼女は美人局の一味だった。無頼漢に取り囲まれた金八郎は刀を取り上げられて袋叩きに遭い隣の部屋に逃げ込むと、おさらば伝次というやくざ風の男がいたことで手を貸して欲しいと泣きついた。するとタダは嫌だよと伝次は言った。背に腹は代えられない金八郎がいくらだと尋ねると「六人だから六両だな」。高いが仕方がない。前金で六両を渡すと伝次は小判の真贋を確かめ袋に納めた途端、無頼漢をあっという間に撃退したのだった。

翌日、無頼漢の撃退料が高過ぎることに納得が行かない金八郎は、旅篭を後にした伝次を追い掛け半分返せと言った。だが一度懐に入れたものは出さない主義の彼は聞く耳を持たなかった。太田へ行って帰ってくるには旅費を切り詰めなくてはならないと金八郎が嘆いていると、伝次は懐の金では返さない代わりに面白い目を見てたんまり儲かるところへ連れて行ってやると言った。黙ってついてこいと言われてやってきたのは土地の鉄火場だった。要領のわからない金八郎は伝次の見よう見まねで勝ち続け、気持ちが大きくなると流れのお艶とのサシの勝負に乗った。危険を感じた伝次は止めろと忠告したが、熱くなった金八郎は有り金全てをつぎ込み結局身包みをはがされたのだった。そんな彼を哀れに思った伝次は荷物持ちとして雇い行く先が同じ太田まで旅することにしたのだが、親分の仇と付け狙う赤鬼一家の四天王とバッタリ出会ったのだ。伝次はそれを簡単に蹴散らし、調子に乗った金八郎は金四郎の甥と名乗った。その様子を見ていた平塚の藤兵衛親分は喧嘩の助っ人として各々に五両を用意し、不安がる金八郎を無視して伝次はそれを引き受けたのだった。

屋台的映画館
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ブログ主はインドア派大分トリニータサポーター

 

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