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兵隊やくざ 脱獄

  • posted at:2022-03-18
  • written by:砂月(すなつき)
へいたいやくざだつごく
大映(京都撮影所)
配給:大映
製作年:1966年
公開日:1966年7月13日 併映「貴様と俺」
監督:森一生
企画:久保寺生郎
原作:有馬頼義
脚本:舟橋和郎
撮影:今井ひろし
録音:奥村雅弘
照明:伊藤貞一
美術:太田誠一
音楽:塚原哲夫
編集:谷口登司夫
擬斗:楠本栄一
助監督:大洲斉
製作主任:小沢宏
出演:勝新太郎 田村高広 小川真由美 田中邦衛 五味龍太郎
シネマスコープ モノクロ 86分

軍のサイドカーを奪い逃走を図った大宮一等兵と有田上等兵だったが、ついに捕まり奉天にある陸軍刑務所へ未決囚として護送された。大宮は三十一号、有田は三十号と呼ばれ別々の監房に入れられた。この刑務所には百三十箇条にも及ぶ獄則があり、監房では壁に向かって正座を三十分、安座を三十分、両手は膝に置き、手を動かしたい場合は看守に断らなければならなかった。そして就寝時は仰向け、手足は真っ直ぐに伸ばし不動の姿勢を取るのだ。規則というのが性に合わない大宮がそれをことごとく無視するため看守の椎名伍長は頭を痛めた。起床の時間になると椎名は彼に罰を与えた。すると大宮が反抗してきたため椎名は軍刀を抜いた。大宮はそれを奪い取ると振り上げたが、止めろという有田の声で我に返り頭でグイと折り曲げた。呆気に取られた椎名は、看守への反抗と兵器損傷の罰して十日間の給食の減食を言い渡した。一日や二日の減食なら我慢出来ても十日となると断然無理だ。収監されたときから大宮のことが気になっていた沢村は、看守の目を盗んで飯を分け与えた。

ある日、椎名への媚びへつらいが功を奏し、沢村は模範囚と認められ情状酌量で原隊への復帰が決まった。野外作業で有田に近づいた大宮は、出所するにはゴマスリが覿面だと持ち掛けた。だが有田は、俺たちは窃盗と違い悪くて銃殺、良くて無期禁錮は免れないだろうと言った。それを聞いた大宮は、それならば脱獄しましょうと提案した。その夜、就寝準備の時間になると大宮は監房の中にある水道の蛇口を力任せにもぎ取り壊れたと大騒ぎした。すると駆けつけた椎名は松本一等兵に元栓を閉めるように命じ自ら修理をしようした。大宮は背後から布団を被せて袋叩きにし鍵を奪うと有田とともに抜け出した。だがあと一歩のところで通報を受けた門衛に捕まり脱獄は失敗に終わった。これで二人の銃殺は決定的になった。部屋に入ってきた法務官は、どうせ死刑にするなら早くやってくれと噛みつく有田に対し色々と手続きが必要だと言った。そして椎名に部屋から出て行くように命じると二人に近寄った。その法務官は有田の大学時代の友人である永井中尉だった。永井は二度と脱走しないことを約束させ、軍法会議で闇取引を行うことにした。その結果、二人は銃殺刑を免れる代わりにソ連国境の最前線へ送られることになった。

屋台的映画館
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