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忍者狩り(1964年)

  • posted at:2017-02-02
  • written by:砂月(すなつき)
にんじゃがり
東映(京都撮影所)
配給:東映
製作年:1964年
公開日:1964年9月5日 併映「大喧嘩」
監督:山内鉄也
企画:森義雄
脚本:高田宏治
撮影:赤塚滋
照明:金子凱美
録音:加藤正行
美術:井川徳道
音楽:津島利章
編集:宮本信太郎
助監督:中島貞夫
記録:勝原繁子
装置:矢守好弘
装飾:松原邦四郎
美粧:佐藤宇之助
結髪:藤原明子
衣裳:荒堀実秋
擬斗:上野隆三
進行主任:中川卓磨
出演:近衛十四郎 河原崎長一郎 山城新伍 田村高廣 北条きく子
シネマスコープ モノクロ 87分

徳川三代将軍家光は幕府の体制確立の為、未だ諸国に散在する豊臣恩顧の外様藩を逐次取り潰して行った。その六年後、犠牲となった今津藩に一人の浪人を訪ねてきた者がいた。伊予松山藩蒲生家家臣・村山靭負は、和田倉五郎左衛門に命を買いたいと申し出たのだった。かつて今津藩と松山藩は豊臣家に仕えていたことから、事情を察した五郎左衛門は突然の訪問であったにもかかわらず話を聞くことにした。

松山藩蒲生家では病に臥せっている城主・蒲生中務太夫忠知の余命が短いことから、嫡子・種丸への家督相続を願い出た。後日、将軍家の御墨付を持参した老中・久世大和守は、松山藩江戸留守居役・立花主水正にこれを下付した。将軍家初御目見えの儀は六月十日に決まったが、それを良しとしないのは御墨付を出した徳川幕府だった。蒲生家は残る外様諸藩の内とりわけ武勇に富んだ豊臣恩顧の家柄であることから、これを取り潰して松山に徳川の新藩を据え、四国目付の要としたいと考えていたのだ。御墨付が紛失すれば相続が適わないことから、大目付・谷河内守が将軍の使者として松山城に到着する五月十日までに何とかせよと大和守は闇の蔵人に命じたのだった。

御墨付は蒲生家城代家老・会沢土佐の手にあった。江戸藩邸を出立した密偵は忍者衆に襲われ全滅したが、その動きを先読みした土佐が御墨付をその前に手に入れていたのだ。御墨付を狙っているのは蒲生家取り潰しを企てる御公儀であり、その裏で動いているのは甲賀忍者であることから、土佐は彼らと戦うために五郎左衛門、永長八右衛門、筧新蔵、天野弥次郎を呼び寄せたのだった。いずれも公儀隠密の手に掛かり主家取り潰しに遭った浪人ばかりだったが、その得難い経験を買ったのだ。土佐は甲賀忍者を討ち果たした暁には必ず御目見以上の禄を約束すると宣言した。

忍者から御墨付を守るためにはまず城内外の警備を固め、出入りの者を厳重に監視しなければならないと弥次郎が進言すると、五郎左衛門は土佐に分限帳の提出を願い出た。蔵人とその手下のよって主家を失った五郎左衛門にとってその怒りは並々ならぬ物があった。今津藩では蔵人が二年前から手下の一人を仕官させ城中に送り込んでいたことから、まず新規召抱えの八人と奥女中の芙美を四人で手分けして調べることにした。その結果、小野平之助ら計六人に絞られたことで、五郎左衛門は敢えてそれらを御墨付の警護に着かせる提案をした。

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