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温泉みみず芸者

  • posted at:2016-12-03
  • written by:砂月(すなつき)
おんせんみみずげいしゃ
東映(京都撮影所)
配給:東映
製作年:1971年
公開日:1971年7月3日 併映「傷だらけの人生」
監督:鈴木則文
企画:岡田茂 天尾完次
原案:久保田正
脚本:掛札昌裕 鈴木則文
撮影:古谷伸
録音:堀場一朗
照明:金子凱美
美術:雨森義允
音楽:鏑木創
編集:神田忠男
助監督:皆川隆之
記録:石田照
装置:温井弘司
装飾:柴田澄臣
美粧結髪:東和美粧
衣裳:岩逧保
舞踊振付:藤間勘眞次
進行主任:伊藤彰将
協力:西伊豆土肥温泉観光協会
出演:池玲子 女屋実和子 杉本美樹 松井康子 芦屋雁之助
アメリカンビスタ カラー 85分

天正元年に土佐の高知で生まれ幼少期から蛸の漁獲に異常な興味を示した多胡善兵衛は、日本各地を転々と流浪して志摩にたどり着き網元の娘・トラをめとると、やがて画期的な漁獲法である蛸壺を考案した。寛永十二年十月に没すると、この地一体の漁師たちは故人の徳を偲び墓を建立した。善兵衛の子孫である十二代目・多胡初栄は今もこの地に住み飲食店を営んでいた。圭子、幸子という美人の娘を持つ初栄は、夫に先立たれてからも男に不自由しなかった。何故なら彼女の先祖は善兵衛だからだ。漁師を儲けさせたご利益として多胡家の女は皆、蛸壺の持ち主なのだ。そして新しい恋人となった西山も彼女と寝たことで虜になったのだった。

善兵衛の墓は借金の抵当に入っており、圭子は一日でも早く取り戻すべく体を張って稼いでいた。ある日、仏壇に納めていた蛸壺がなくなった。その中に貯めてあった圭子の金が西山によって持ち逃げされたのだ。圭子は貸主に頭を下げて期限の延長を申し出ると、半年という条件で認めてもらった。ここにいても目標の百万円を期限まで稼ぐことが出来ないと考えた圭子は東京へ行くことに決めた。そして仕送りする金の管理を幸子に任せた。

右も左もわからない東京で手っ取り早く稼ぐ方法。圭子が選んだのは特殊浴場だった。講義が長くて退屈した彼女の態度に怒った店長は、経験がなくても出来るという自信満々な口を黙らせてやろうと自分が実験台になった。ところが予想以上の高等テクニックだったことから早々に参ってしまい、そのことを急いで社長の久兵エに報告した。久兵エがこの店を始めた理由は、不能になった息子を更生(?)するための女を見つけ出すためだった。息子を蘇らせることが出来たならば給料を10倍にすると言われ、俄然やる気を出した圭子は超デラックスのスペシャルなサービスを提供した。その結果、50万円という大金を手にしたのだった。彼女は早速実家に送金し、手紙に必ず幸子に渡すようにと念を押した。

理想の女を手に入れた久兵エは蛸壺の魅力にはまり、ある日本当に昇天した。葬式から数日後、圭子に母から電報が届いた。そこには伊豆土肥温泉・土肥館にすぐ来るようにと書いてあったため、心配になった彼女は取るものも取り敢えず急行した。ところが泣きつく初栄の話を詳しく聞いて呆れた。圭子が仕送りした50万円を手にした初栄は性懲りもなく若い男を作ったが、遊びに来たこの温泉で有り金全てを持ち逃げされたというのだ。金を払うか母親を警察に突き出すかという選択を迫られた圭子は後者を選ぼうとしたが、その話を聞いた流れ板の馬場敬太郎はそれを全額支払うと言った。彼は上京の際に圭子と列車で相席になったことから何かの縁を感じていたのだ。だがそれを聞いた圭子は大金を払わせるわけにはいかないとその申し出を断り、自分が温泉芸者として働いて返すと言った。

屋台的映画館
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ブログ主はインドア派大分トリニータサポーター

 

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