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河内のオッサンの唄 よう来たのワレ

  • posted at:2018-07-05
  • written by:砂月(すなつき)
かわちのおっさんのうたようきたのわれ
東映(東京撮影所)
配給:東映
製作年:1976年
公開日:1976年12月25日 併映「トラック野郎 天下御免」
監督:斎藤武市
企画:坂上順
脚本:松本功 高田純 関本郁夫
撮影:出先哲也
録音:長井修堂
照明:川崎保之丞
美術:藤田博
編集:田中修
助監督:福湯通夫
記録:高津省子
擬斗:日尾孝司
スチール:遠藤努
進行主任:志村一治
装置:井保国夫
装飾:新井栄治
美粧:入江荘二
美容:石川靖江
衣裳:福崎精吾
演技事務:石原啓二
現像:東映化学
音楽:鏑木創
主題歌:「河内のオッサンの唄」ミス花子
河内音頭作詞:もず唱平
河内音頭指導:三音家浅丸社中
方言指導:山本稔
制作協力:株式会社カインドウェア
出演:川谷拓三 夏純子 岩城滉一 伊佐山ひろ子 ミス花子
シネマスコープ カラー 93分

自称天才博打打ちの徳田松太郎、通称・徳松も家に帰れば女房の花子に頭が上がらない。何故なら師走にも拘らず地主の息子の堺忠三郎が開く賭場に入り浸り、年越しに用意した金を巻き上げられたからだ。それは徳松だけでなく八百仙吉ら仲間も同様だった。そこで一念発起した彼らは新世界界隈で焼き芋を売ったり日雇いの工事現場で肉体労働をしたりと朝から晩まで働いた。それから数日後、花子のもとに電報が届いた。「アスカネモツテカエル、トクマツ」。

翌日、唐山長次が運転するトラックの荷台で仲間と酒を酌み交わした上機嫌の徳松は花子の笑顔を楽しみにしていたが、権藤勇の言葉で気が変わった。彼の行きつけのアルサロは美人ぞろいで評判だというのだ。懐が温かくなり気が大きくなった徳松は皆でその店に繰り出すことに決めた。店で飲み始めてしばらくすると権藤がそろそろ2階へ上がるよう皆を促したのだが、お母ちゃんに渡す金がなくなってしまうと仙吉が止めたのだ。するとホステスがサイコロ賭博を提案し、徳松はそれに乗った。勝てば金が増える上にタダでデキるからだ。ところが勝負はボロ負け、ほとんどの有り金を巻き上げられてしまった。このままでは女房に顔向けが出来ない徳松たちは最後の望みを掛けて競艇場に繰り出したのだがここでもツキに見放された。場内で偶然出会った当たりまくりの忠三郎から2-3がカタいと有力な情報を貰ったものの、それを真っ向から否定したのは謎のサングラスの男だった。彼が4-5で500円の舟券を買うように指示すると徳松は藁をも掴む思いで素直に従った。するとその予想は的中し、信用した徳松は男に言われるがままに舟券を次々と買った。そして最終レースでは大穴を的中させ、皆が家に帰っても恥ずかしくない程の大金を手にしたのだった。徳松たちが喜ぶ中、男は姿を消した。

徳松たちを乗せたトラックが河内方面へ向かっていると、同じ方向に歩いて行くあの男の姿を見つけた。トラックから飛び降りた彼らは先生と崇めるその男を取り囲むと感謝の気持ちを伝え、お礼をするために無理矢理トラックに乗せたのだった。河内松原に戻ると待ちわびた花子たちが押し寄せてきたため、徳松は世話になった先生を皆に紹介した。そこに大変やと叫びながら現れたのは忠三郎の母・サダだった。何事かと徳松が尋ねると、忠三郎が暴力団の難波組に博打を仕掛けられて長屋の権利書を持ち出そうとしているというのだ。住む家を取り上げられればまともな正月を迎えることが出来ないことから何か名案はないかと知恵を絞った。すると長次がふと呟いた。先生がいるじゃないですか、と。嫌がる彼を引き連れて向かった先は忠三郎の邸で、勝負は今にも始まろうとしていた。そこに割り込んだ徳松が先生に勝負を促すと、彼は切羽詰まって「半」に張った。その結果、窮地を切り抜けた上に騒動を聞きつけた警察が踏み込んだことで命を落とさずに済んだのだった。

屋台的映画館
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