忍者ブログ

黒い画集 ある遭難

  • posted at:2021-02-10
  • written by:砂月(すなつき)
くろいがしゅうあるそうなん
東京映画
配給:東宝
製作年:1961年
公開日:1961年6月17日 併映「愛と炎と」
監督:杉江敏男
製作:永島一朗
原作:松本清張
脚色:石井輝男
撮影:黒田徳三
美術:小野友滋
照明:森康 比畄川大助
録音:酒井栄三 西尾曻
音楽:神津善行
監督助手:鈴木荘蔵
編集:黒岩義民
製作主任:内山甲子郎
協賛:大町市観光協会
登山指導:星野貢
登山衣裳:東洋レーヨン
出演:伊藤久哉 土屋嘉男 児玉清 和田孝 天津敏
シネマスコープ モノクロ 87分

経験豊富な岩瀬秀雄が登山中に遭難して命を落としたが、姉の真佐子はその死に不信感を抱いていた。何故なら同行していた登山経験の浅い一人が何事もなく下山していたからだ。それからしばらくして雑誌・岳人に一本の手記が載ったが、書いたのはその経験の浅い浦橋吾一だった。

銀行に勤める支店長代理の江田昌利、貸付係の岩瀬、そして出納係の浦橋の三人は登山で北アルプスを目指すことになった。スケジュールは8月30日に大谷原、高千穂平のルートで冷小屋に一泊。翌31日早朝に出発し鹿島槍ヶ岳、八峰キレットを通過し五竜岳へ向かうのだ。その31日、八峰キレットには通行不可能と言われるような岩場があるが、その手前で霧が深くなり江田は引き返すことを提案した。だが岩瀬は冷小屋に戻るには3時間を費やすため先へ進んで八峰キレット小屋を目指すべきだと言った。小屋まで30分掛かるが、その間に天候が悪化した場合は引き返すという条件付きで江田は了承し前進を決めた。ガスは次第に濃くなり、これ以上進むのは危険だと江田は警告を発するが、岩瀬はあと20分もすれば小屋にたどり着けると譲らなかった。そこで初心者の浦橋がいることもあり山の定石として安全な方を取るべきだと江田が諭すと、岩瀬は渋々従った。まるで雲の中を歩くように冷小屋へ向かったが、疲労により岩瀬の歩みは次第に遅くなって行った。布引岳を越え灌木林を抜ければ小屋が見えるはずだったが林は途切れることがなかった。風雨が強まる中、道を間違えたことに気づいた江田は引き返そうとしたが、岩瀬が低体温症を起こし倒れたのだ。そして彼は突然狂ったように暴れ出し崖から転落したのだった。

江田と会う約束をした真佐子はその日の夜、三笠会館のレストランで待っていた。やがて彼が姿を現すと真佐子は電力会社に勤める従兄の槙田二郎を紹介した。弟の強引な行動を詫びた真佐子は花を捧げるために遭難現場まで案内して欲しいと言った。そして槙田を未熟な自分の代わりに連れて行って欲しいと願い出たのだ。彼は山に登りたいがために信州の高校を選び、会社も同じ理由で就職したのだった。江田は返答に窮し言葉を濁した。

屋台的映画館
PR
Name
Title
Mail
URL
Comment
Pass
Pictgram
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

 

プロフィール

HN:
砂月(すなつき)
性別:
非公開
自己紹介:
ブログ主はインドア派大分トリニータサポーター

 

P R

 

フリーエリア