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妖星ゴラス

  • posted at:2015-11-14
  • written by:砂月(すなつき)
ようせいごらす
東宝
配給:東宝
製作年:1962年
公開日:1962年3月21日 併映「紅の空」
監督:本多猪四郎
制作:田中友幸
原作:丘見丈二郎
脚本:木村武
撮影:小泉一
美術:北猛夫 安倍輝明
録音:伴利也
照明:高島利雄
音楽:石井歓
整音:下永尚
監督助手:梶田興治
編集:兼子玲子
現像:東京現像所
制作担当者:坂本泰明
特殊技術・撮影:有川貞昌 富岡素敬
特殊技術・光学撮影:幸隆生 真野田幸雄
特殊技術・美術:渡辺明
特殊技術・照明:岸田九一郎
特殊技術・合成:向山宏
制作担当者:成田貫
特技監督:円谷英二
出演:池部良 白川由美 久保明 水野久美 太刀川寛
シネマスコープ カラー 88分

1976年9月、富士山麓宇宙港から打ち上げられた宇宙船JX‐1隼号は探査地である土星に向けて航行していた。火星軌道を通過した頃、地球太陽系第一放送による緊急連絡が惑星間航行中の全宇宙船に対して行われた。それは冥王星から約36分の方向に質量が地球の約6000倍に達する黒色矮星「ゴラス」を発見したというものだった。隼号がその地点に最も近いことから、艇長の園田雷蔵は予定を変更してゴラスの調査を行うことにした。艇内のコンピューターで解析したゴラスのデータと差異があるため園田は国連の宇宙ステーションを呼び出して観測資料を送ってもらうよう通信員に命じたが、隼号はゴラスの引力圏内に入り強力な引力に捕まった。脱出するために進路を反転してメインロケットで切り抜けようとしたが、それが不可能であることがわかると正確な観測データを収集する最後の任務を遂行した。そして隼号は「万歳!」と叫ぶ乗組員とともにゴラスへ吸い込まれて行った。1979年クリスマスの夜、園田の娘・智子が帰宅すると葬儀の準備が行われていた。驚いて祭壇に駆け寄った智子はそれが父の遺影だとわかると力なく座り込んだのだった。

1980年1月、政府は宇宙物理学会の河野博士、田沢博士を招いて対策会議を開いたが、そこで驚愕の事実が明かされた。ゴラスが現在の進路を取った場合、地球に衝突するというのだ。アメリカやソ連も同様の結論を出しており、その他の学会も隼号によって得られたデータを参考にしていた。政府は早期に事故調査委員会を立ち上げたが、土星探査に出発した隼号が誰の命令で目的を変更したかを問題点として野党が追及の構えを見せていた。一方、ゴラスの重要なデータを収集することに成功した園田を英雄として祀る案が与党の一部から上がったが、法務大臣の木南は己がぶつかるまで見つけられなかった艇長に責任があるのだから断じて認めることは出来ないと否定し、宇宙省長官の村田は予定変更の命令を出していないと責任逃れに終始した。河野は日本だけではどうにもならない問題を国連の科学委員会の決定に従って対策を進めたいと持ち掛けた。内閣の支持率を気にする木南は、各国から感謝の電報が来ていることを知ると、彼らに全てゆだねることにした。

表面温度が千数百度に及ぶゴラスは1982年2月中旬に地球と衝突することが分かり、日本物理学会は国連科学委員会の緊急招集を要請した。その頃、富士山麓宇宙港ではJX‐2鳳号の打ち上げ準備が着々と進んでいた。だが会議から戻ってきた遠藤艇長から計画が中止になったことを聞くと、乗組員の金井達麿ら5人はヘリを飛ばして村田との直談判に向かった。突然の訪問に驚いた村田だったが、計画は中止したのではなく遠藤が希望した予算が認められなかったことを説明した。隼号には11兆8千億円かかっており、それをフイにしたばかりであることから議会の承認を得ることが難しくなっていた。そこで新たに特別予算を申請していることを話すと金井たちは納得した。

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