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霧の旗(1965年)

  • posted at:2015-08-25
  • written by:砂月(すなつき)
きりのはた
松竹
配給:松竹
製作年:1965年
公開日:1965年5月28日 併映「ぜったい多数」
監督:山田洋次
原作:松本清張
脚本:橋本忍
撮影:高羽哲夫
美術:梅田千代夫
音楽:林光
照明:戸井田康国
編集:浦岡敬一
録音:小尾幸魚
調音:佐藤広文
装置:川添善治
装飾:鈴木八洲雄
現像:東洋現像所
協力:菱 東芝音楽芸能株式会社
助監督:杉岡次郎
渉外:中村興一
進行:吉岡博史
制作:脇田茂
出演:倍賞千恵子 滝沢修 新珠三千代 川津祐介 近藤洋介
シネマスコープ モノクロ 111分

熊本から夜行列車で上京した柳田桐子は、日本で指折りの高名な弁護士・大塚欽三を訪ねた。既定の弁護料を払えないという桐子の依頼を大塚は最初から断るつもりでいたが、遠方から来たこともあり会ってみることにした。熊本にもいい弁護士は大勢いるはずだと大塚が言うと、桐子は先生でなければ兄を救えないと思ったからですと答えた。そして殺人事件の被疑者となった兄・正夫のことを話そうとすると大塚は遮った。そして自分を頼りにしてやってきたことが間違いだと指摘し、九州にいる同等の弁護士に頼むことを薦めた。金銭的な問題と、多くの案件を抱えていることで地方出張が不可能であることを説明すると、桐子は諦めますと言って席を立った。そして帰り際に兄は死刑になるかもしれませんと言った。

列車に乗るために東京駅へ向かった桐子だったが、諦めきれずに事務所へ電話をかけた。だが大塚は愛人・河野径子とゴルフに出かけていなかった。それから約3時間後にもう一度電話をかけると、定時連絡があったときにそのことを話したがやはり引き受けられないと言ったと事務員の奥村から伝えられた。絶望して当てもなく歩く桐子に声をかけたのは、公衆電話の列に並んでいた論想社編集部の阿部幸一だった。幸一は優秀な弁護士を頼もうとするとひどくお金がかかり貧乏人はまともな裁判が受けられないということを例に挙げ、事件のことを聞き出そうとした。すると感付いた桐子は失礼しますとその場を去った。幸一は熊本の地方紙・肥後日報の東京支社を訪ね、新聞記事から事件の真相を探ろうとした。

生徒たちから集めた修学旅行の旅費を落とし、仕方なしに金貸しの老婆・渡辺きくから8万円を借りて旅行を済ませた。だがその金が中々返せず強欲なきくの返金の督促が激しくなったことから、思案に余りとうとう老婆を殺した。そして証拠の隠滅を図るために借用証書を盗み出し焼き捨てた。熊本市立白河小学校の教員・柳田正夫は警察の取り調べでそう自供したが、検察庁では翻したのだ。幸一は編集長の谷村にこの話を持ち掛けたが、たとえ大塚がこの事件を担当したとしても勝てる保証はないし、弁護士も商売だから金にもならないことに一々走り回るわけには行かないと聞く耳を持たなかった。それを聞いた幸一は、大塚個人を非難しているのではないと説明したが、正夫がクロである可能性が高いことと、九州出張の旅費に見合った成果があるとは考えにくいと谷村は却下した。

一年後、大塚の事務所に一枚の葉書が届いた。それは桐子からのものだった。葉書には正夫が一審で死刑の判決を言い渡されたこと、そして控訴中に熊本拘置所で病死したことが書かれてあった。奥村の説明で桐子のことを思い出した大塚は、熊本にいる堀田弁護士に連絡を取り、この事件の記録を担当弁護人から借りてもらうことにした。印象的な桐子とともに事件のことが頭から離れなくなり、真相を自分なりに洗ってみることにしたのだ。

屋台的映画館

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