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BU・SU

  • posted at:2020-02-24
  • written by:砂月(すなつき)
ぶす
東宝映画=日本テレビ放送網
配給:東宝東和
製作年:1987年
公開日:1987年10月31日
監督:市川準
製作:小倉斉
プロデューサー:平林邦介 出口孝臣 中沢敏明
脚本:内館牧子
撮影:小林達比古
美術:金田克美
照明:磯崎英範
録音:宮本久幸
助監督:天間敏広 吉田多喜男
編集:奥原好幸
記録:加藤八千代
製作担当:高橋憲行
音楽:板倉文
主題歌:「あじさいのうた」原由子
・・・:「Tonight’s the night」原由子
音楽プロデューサー:山本久 安藤賢次
スタイリスト:下田眞知子
アートコーディネーター:市川敏明
企画:アミューズ・シネマ・シティ
製作協力:SEDIC
出演:富田靖子 大楠道代 高嶋政宏 藤代美奈子 伊藤かずえ
アメリカンビスタ カラー 95分

心が「BU・SU」な高校3年生の森下麦子。彼女の母・雪乃は東京の神楽坂にある「蔦屋」という古い芸者置屋の長女だった。かつて神楽坂のナンバーワンと呼ばれた雪乃だったが、ある日料亭の板前と全てを捨てて駆け落ちし、板前の故郷である静岡弓ヶ浜に落ち着くと小料理屋「雪乃」を始めた。麦子が3歳になった冬に父親が土地の人妻と海で心中したが、何故か雪乃は弓ヶ浜から離れようとしなかった。自分の生い立ちが不幸なのは母のせいだと決めつけ殻に閉じこもって生きてきた麦子は18歳になったその日にあることを決断した。それは見知らぬ東京へ行き新しい自分として生活を始めることだった。だがその理由が思い当たらず考えを巡らせていると今まで思ってもみなかった考えが突然浮かんだ。それは東京で芸者になることだった。蔦屋の女将は雪乃の妹の胡蝶が継いでいたため、そこから新しい学校へ通えばいいのだ。麦子は雪乃を説得して九段にある学校への転校手続きを行った。

胡蝶から新しい名前をもらい麦子から鈴女となった彼女の新たな生活が始まった。3年D組の一員となったその日は文化祭の出し物を決めることになっており、ホームルームでは学校創立100周年として特別なことをやりたいと考えていた実行委員長の京子がクラスメイトからアイデアを募っていた。まだ学校のことが何もわからない鈴女はその様子を静かに聞いていた。休み時間に入ると興味本位の男子がちょっかいを出してきたが、鈴女は平手打ちでそれに答えた。そして授業が終わると思い切り遠回りして帰り家に着いたときは辺りが薄暗くなっていた。その日は神楽坂の料亭「井筒」での宴会はあり、呼ばれた揚羽の付き人は鈴女が受け持っていた。揚羽は胡蝶の娘で、鈴女とはいとこの関係だった。慣れない仕事で疲れた鈴女は布団の上に寝そべった。

学校から帰ると鈴女はすぐに踊りの稽古に加わった。自分ではうまくやっているつもりでも胡蝶からは厳しい声が飛んだ。胡蝶はいつもうつむき加減な彼女の姿勢を直すために人間は顔を上げなきゃダメだと指摘し、宴会には人力車の後ろを走って行くことを命じた。着物姿のスニーカー娘が街中を走る光景はとても珍しく、子供たちが面白がってついてきた。私だけ何故こんな仕打ちに遭うのだろう。そんな彼女は仕事を終えるとゲームセンターのテーブルゲームで憂さを晴らした。「ざけんじゃねえよ」とゲームのキャラクターが代弁していた。

夏の夕暮れ、白山にある三味線屋でのおつかいを終えて帰る途中、着付けの辰巳はふと「八百屋お七」は知っているかいと鈴女に尋ねた。だが知らないことがわかると近くにあるお七の墓へ連れて行き、16歳で男のために江戸の町を火の海にした少女の話をした。そしてその話を題材にした「人形振りのお七」を雪乃が浅草公会堂で踊り、娘の情けのようなものが見事に表現されていたと感慨深げに話すと、鈴女の脳裏に笑顔の母が浮かんだ。

屋台的映画館
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